こんにちは、アクセスありがとうございます。
酬恩庵の続きです。
門を入って突き当たり左に浴室、右に一休さんの墓があります。

一休禅師墓
門の前に宮内庁の立て札があります。
一休さんは皇族だったんですね。
中へは入れません。
そのまままっすぐ行くと中門をくぐって本堂です
。本堂は意外と小さかったです。なかに釈迦三尊が祀られています。
庫裏から中へ入ります。
ここから方丈へ廊下でつないでいます。
方丈がこの酬恩庵の最大の建物です。
大きい仏像はありません。
禅宗の寺院は大きい仏像はいらないのかな。
庫裏で一休寺納豆を勧められました。
納豆と言っても糸引き納豆ではありません。
もちろん甘納豆とも違います。
1年以上かかって作られる発酵食品です。
見た目は黒豆のようですが黒豆ではありません。
ここで販売されています。
大徳寺納豆も同じようなものだと思います。
庫裏のまえの重要文化財の東司はトイレです。
一休宗純の名前は
西金寺の謙翁(けんおう)和尚の弟子のとき謙翁は自身の名前・宗為から一字を譲り「宗純」の名を与えました。
24歳の頃、盲目の歌方の平家物語を聞いて、無常観を感じた一休さんは「有漏路(うろじ)より無漏路(むろじ)に帰る一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」と詠みました。
有漏路の“漏”は煩悩の意味。
つまり「人生は(煩悩溢れる)この世から、来世までのほんの一休みの出来事,
雨が降ろうが風が吹こうが大したことない」という意味です。
一休の名はここからつけました。
一休さんの頓智話は江戸時代に作られました。
今日の画像は興福寺国宝館の仏像
梵天

梵天興福寺国宝館
沙羯羅像

沙羯羅像興福寺国館
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